2009年9月12日土曜日

強制オープン


911の屋根が閉まらなくなってしまった。
そもそもこの911は購入した当初はボタンを押すと屋根が自動的に開閉する電動ルーフであったが
その後調子が悪くなり半電動開閉システムになってしまったのである。
屋根を閉めるときは手動で屋根を上げてフロントガラスの上に被せる。そして
マイナスドライバーを屋根についている左右2箇所にあるねじ穴に入れて中に隠れている
ねじを数回だけ廻し、その後スイッチを入れると電動でねじが最後まで締められる仕組である
この車では左側のねじが噛みにくく、廻していてもうまく噛んでいるのかわからずいつも心もとない感じの作業であった。
帰るときに大きな荷物を入れるために一度屋根を開けてその後締めようとしたのであったがこの左側のねじがどうしても巻けずに
電動スイッチが入らず締められなくなってしまったのである
幸いこの日は天気がよかったのでこのままフルオープンで帰ることとなったが
あいにく母が同乗していて風が苦手ということでつらい思いをさせてしまった。
後日、修理工場で見てもらったら、結局マイナスドライバーを変えたら廻すことができ、大事にいたらず済んだ。
ねじ山をつぶしていたら結構面倒くさい大修理となるらしい
右側のねじは問題なく噛んでいだのでドライバーの問題とは思わなかったが
きっと左側のねじ山に傷があり噛みにくくなっているのであろう
今後は適切なドライバーにして大損害にならないように丁寧に作業したい。


今回はユキが仕事のためこれず久々に母とタツキの三人で那須にやってきた
涼しいというより夜は寒く感じるほどで掛布団+毛布が必要であった
日曜は母を早朝朝湯に案内し昼前に強制オープンで帰路についた。

今回のメニュー
09/12

  • 朝 矢板北PA
  • 昼 パシタ(ユキの作った冷凍ソース使用)
  • 夕 おでん
    09/13
  • 朝 さんま
    でした。

    <オヤジの独り言>
    母と話しをしている時たまたま着物屋の符丁について教えてもらった
    符丁とは業者が使う数の表現方法である
    業界によっていろいろあるようだが着物業界では
    十の位にはロ、百の位には吉、千の位には丸あてるらしい、
    そして1,2,3,4,5,6,7,8,9,0はそれぞれ
    ウ、利、モ、ノ、ワ、ヤ、ス、ク、シ、ロに当てはめる。
    2500円なら利丸ワ吉、150円なら吉ワロ、35000円ならモワ丸となる。
    これによると今回のガソリン価格はリッタ-吉モロということになる
  • 2009年7月18日土曜日

    朝足湯


     
    ネットから拝借しました

    前回初体験した那須温泉(鹿の湯)の足湯に今回はユキと朝二人で出かけた
    この足湯には「こんぱいろの湯」という名前がある
    「こんぱいろ」とは地元の言葉で「カタクリ」のことで、このあたりでは春になると紫色の花を咲かせる
    源泉は、単純硫黄温泉(硫化水素型)、冷え性、切り傷、慢性皮膚病などに効果があるということである。
    写真の左が内湯、右が外湯である。内湯の奥に外湯が隣接している
    外湯には鹿の湯の語源になる鹿の石像がある
    那須温泉の始まりは、飛鳥時代と言われて那須野ヶ原で狩りをしていた狩野三郎行広が、
    射損じた鹿を追って山に入ると、鹿が温泉で傷を癒していたのだとか。
    天平10(738)年の正倉院文書にも那須温泉の記述がある。
    古来、日本有数の温泉地として知られた那須は、江戸時代には参勤交代の途次、諸大名が湯治に訪れた。
    ともいわれているのである。
    この足湯は無料で利用できる。源泉ということでかなり熱い。
    はっきりいってこの熱さだと全身で入浴するのは無理がある。足だけであれば何とかがまんできるという温度だ
    (薄めるためお水道ホースはある)

    今回は三人で土曜の夕方サイトにやってきた
    夏休み突入3連休の初日ということで高速道路は早朝から大渋滞であった。
    タツキは午前は学校、私も用事がありスタートは午後3時頃となった。
    このとき東北道は矢板手前で20km以上の渋滞であったが
    その後徐々に渋滞は緩和し、我々が通るころには渋滞はなくラッキーであった。
    サイトは時折雨が降り出したり、青空がみえたりといった状態であったが
    雨が降っていてもヒグラシは懸命に鳴きつづけ残された短い生涯を懸命に生きているようだった

    月曜日の10時に帰路についたが途中クロがあまりにも騒いでいるので、都賀西片PAで休憩をとった
    原因はケージのマットにおしっこをしてしまったためであった
    マットの取替えをPAの屋外休憩所でおこなっていると
    どこからかネコの泣き声がした。振り返ってみるとスリムで毛並みの美しい野良猫が4~5匹こちらに近寄ってきた
    クロの泣き声が呼んだようである
    初対面の猫たちはお互い警戒しながら近寄りあう
    仲良くなるのかと思ってみていると今度は息を吐くような音を出して
    威嚇しあっていた。全身が真っ黒な猫、逆に真っ白な猫、まだらな猫などがいて
    スリムな体形を除けばシロとクロも仲間に入れそうであった。
    今回のメニュー
    07/18

  • 夕 パスタ
    07/19
  • 朝 さんま
  • 昼 ピザ
  • 夕 ゴーヤチャンプル
    07/20
  • 朝 麻婆豆腐
    でした。

  • 2009年5月3日日曜日

    はだかデッキのスクリーン



    前回もレポートしたが、トノの土地が売出中でシノダケを伐採してしまったために
    「はだかデッキ」に今まで設置していた仮設のスクリーンが、かなりみすぼらしい姿をさらけ出す状態になっていた。
    さすがにみっともないのでゴールデンウィーク中に新たにスクリーンを設置することにした
    前回に柱の立て込みは終了していたので今回はスクリーン本体となる横板を設置する
    横板だけで目隠しをするのは不経済なので今まで使用していた遮光ネットを再利用する
    板と遮光ネットによるストライプ状のスクリーンはそこそこ感じよく出来上がった
    スクリーンとデッキの間に新たにヤマツツジ、ノリウツギ、ミズキ?を移植する。
    風呂からの眺めも楽しめそうである

    今回はタツキと二人で土曜の夕方東京をスタートした。
    高速1000円になりマスコミなどは大渋滞になると予測していたようだが
    2日の渋滞は午前中のみで午後の東北道は渋滞ゼロの快適なドライブであった
    途中、池上で買出しをして明るいうちにサイトに到着した。
    翌日はオープンと同時にカインズホームでスクリーン用の板を購入。サイトに戻り昼食後、ユキを那須塩原の駅まで迎えにいく
    ユキは仕事でタイに行っていたため多少お疲れのご様子。ゴールデンウィークのため新幹線はかなり混雑したようである
    今回、天気には恵まれ雨が降ることは一度もなかった。
    クロもサイトには大分慣れてきたようで今までは積極的には外に出なかったが今回は少しでもスキがあると
    外に飛び出すように出ていってしまう。

    今回のメニュー
    05/02


  • 夕 ピザほか
    05/03
  • 朝 パン、ハムエッグ
  • 昼 イオンでラーメン
  • 夜 ジンギスカン
    05/04
  • 朝 焼き魚
  • 昼 テラスてんぷら
  • 夜 そば
    05/05
  • 朝 焼き魚
  • 夜 うどん
    05/06
  • 朝 羽生PA
    でした。
  • 2009年4月18日土曜日

    アンテナ変遷史


    那須サイトの歴史においてアンテナは様々な試行錯誤が行われた
    小屋時代はJwaveを受信するためフィーダー線でループアンテナを作成した。
    しかしこのアンテナでは良好な受信はできなかった
    ステンレスパイプをロッドアンテナ代わりにしたこともあった
    こちらはループアンテナより多少ましではあったが安定しなかった
    母屋を建設した際は屋根中央にFMアンテナを立ち上げた。
    さすがにループアンテナより性能は良かったが時間帯によって雑音などが入り快適なリスニング環境ではなかったのである
    そんな時CSでJ-waveが配信されていることを知りFMアンテナをやめCSアンテナを設置しCSの無料放送でJwaveを聞くという時代になった。
    しかしこの時代も長続きしなかった。CSでのJwave配信が取りやめになってしまったのである。
    そこでしかたなくCSアンテナの支柱にFMアンテナを取り付けてみたがCSのアンテナは低いので
    依然母屋の屋根に中央に取り付けたアンテナより感度が悪く気持ちよく聞ける状態ではなかった。
    ということでJwaveはあきらめ、CSアンテナがBSアンテナを兼ねるということなので東京で使っていたTVを持ち込みBSを楽しむ時代になった。
    しかしBSデジタルでTVを見ているとやはり地上波の通常番組も見たくなる
    そこでCSアンテナの上にUHFのアンテナを設置してアナログの地上波を見れるようにしたのである
    でも平地と違いサイト周辺は電波の状態があまり良くない。ノイズがうっとしい画面をがまんするしかなかった。
    最近になって見えていたBSが見えなくなってしまった。風でアンテナが動いたと思われるが屋根にのぼりいくら調整してもうまくいかずテレビはノイジーなアナログ専用となってしまったのだ
    そんな頃サイトの周辺も地上波デジタルの電波が若干届くようになった。一応TVは地上波デジタルも見れるので何度か試してみたが時間帯によりたまに1~2局見られるだけで実用的なものではなかったのである。
    しかし2年後にはアナログ放送も終了する
    そこで今回アンテナ屋さんに依頼してBSアンテナの調整と地上波デジタルに挑戦することにした
    アンテナ屋さんは栃木弁訛りの鯨井君のような風貌の人であった。
    結局依然FMアンテナをつけていた時のように屋根の中央に高さ3.6mの支柱をたてUHFのアンテナを設置した。
    しかし受信状態はあまりよくないようで安定した受信は保証できないとこ事であった。
    栃木弁鯨井君によると支柱を7.2mの高さにしてアンテナももっと巨大なものにすれば感度は上がるとのことであったが
    そんなことをしたら電波の中継基地みたいになってしまいそうなので遠慮した
    BCアンテナの調整もしてもらいサイトのテレビはどうにか地上波デジタル、BSが見られる状態になったが
    この季節はまだ木々の葉っぱがほとんどない、夏になり葉が茂ってきたときどうなるかはわからないのである。

    今回は土曜朝にサイトに3人でやってきた
    昼前にアンテナ屋さんが来て2時間ほど作業していった
    その後ユキはサイトで休憩、タツキと私で黒磯に買出しに出かけた
    カインズホームで風呂場の目隠し用の角材を買い込み
    ポルシェに積載して運んだ(ポルシェは軽トラにもなる実用車なのだ)
    隣りの宅地(トノ)の下草を伐採したためみすぼらしい風呂場の目隠しが目立ってしまたので
    この目隠しをリニューアルするためである
    タツキと二人で2時間ほど作業して角材の立込み、移植、スクリーン張などを行った 今回のメニュー
    04/18



  • 朝 矢板北PA
  • 昼 黒磯の「すき屋」
  • 夕 ピザほか
    04/19
  • 朝 焼き魚
  • 昼 パスタ
  • 夜 黒磯のラーメン屋

    でした。
  • 2009年4月4日土曜日

    さらば「秘技つばめ返し」

    黒磯板室ICが3月末にオープンした
    場所は黒磯PAと同じところで西那須野塩原ICから6kmほどの距離になる
    正確には黒磯PAのアプローチから左に分岐する形態なので
    黒磯PAからは直接出ることはできない
    このICを出ると那須アウトレットモール前の道になる
    サイトからは15-20分ほどの距離だ
    高速もETC休日1000円となった。
    休日は乗り放題1000円などというイメージが先行しているが実態はもっと複雑である
    そもそも乗り放題といっても1回の走行であり、一日に乗ったり降りたりすれば当然その都度料金がかかる
    そして大都市近郊区間は休日の午前6時~午後10時 → 約30%割引
    午後10時~午前6時 → 約50%割引となり上限1,000円の対象外である
    大都市近郊区間以外は終日半額で上限額を1000円としている
    例えば近郊区間以外は通常1800円の区間は900円、2400円の区間は1000円ということになる
    そしてこの割引には100kmの上限がない
    よって今まで駆使していた秘技「ツバメ返し」は必要なくなったのである
    といってもこの割引は時限立法なので2年後に復活する可能性はある
    とりあえず近距離でなければ何も考えずに目的地に一番近いICで降りるのが一番経済的な利用方法となる
    (午後10時~午前6時内に大都市近郊区間のETCを利用すれば多少安くなる)

    今回は土曜夜8時過ぎにサイトにやってきた
    東京はソメイヨシノが満開状態であるがサイトの木々の葉芽はまだ開かず多少ほころびかけている状態である
    まだストーブは必要であったが大分過ごしやすくなった
    翌日は小屋の前の浄化槽上にあった廃材置場の廃材をデッキ下に移し、半端な廃材は焚き火をして処分した。
    ユキは自転車でペニーレーンまでの買物に挑戦した。ペニーレーンは以前よりまたデカクなったらしい。

    今回のメニュー
    04/04

  • 夕 お弁当
    04/05
  • 朝 秋刀魚
  • 昼 パスタ
  • 夜 黒磯のラーメン屋

    でした。
  • 2008年11月1日土曜日

    まだら紅葉


    サイトも紅葉のシーズンを迎えた
    キッチン窓の前に移植したイロハモミジの葉も赤くなり始めた
    以前にもレポートしたが紅葉のしくみは
    秋になると葉緑素クロロフィルの分解とともにアントシアニン系の色素が大量につくられるためである
    このモミジは全体的に赤くなっていくのではなくまだらのように赤くなっている
    これは何かの原因でアントシアニンの分布に偏りが生じたためらしい
    黄色に黄葉する樹木はアントシアン系の色素ができにくく(イチョウ、ポプラは色素ができない)
    葉緑素の分解により緑色が消え、葉のなかにもともと含まれていたカロチノイド系の黄色の色素が目だってくるためだ。
    赤くするアントシアニンは低温や紫外線が強くなるとより多くつくられるので
    紅葉は冷涼地でかつ日当たりがよいほど美しいということである。
    一本の木で日当たりのいい部分の葉は紅葉し日当たりの悪い部分は黄緑色というのを見かけることもある。
    なぜアントシアンが合成されるのか
    それは葉緑素が分解されると活性酸素が発生してしまい
    これが植物体に悪影響を与えるためアントシアンがこの活性酸素の発生を抑制するためという説があるらしい



    今回は土曜日の深夜サイトに訪れた
    外気はだいぶ冷え込んでいたがまだ本格的な寒さではなかった
    翌日は9時過ぎにトノがBMW(ALPINA)で久々に登場
    BMWのミーティングのため那須に来たのだが
    途中抜け出し、売出中の隣地の様子を見るためで
    隣地は刈り込み後、シノダケがポツポツと伸びだしている状況であった。
    トノはミーティングに合流するため昼前に出発した
    我々も買出しのため黒磯市内にむかった。
    3連休のため東北道那須IC付近はかなり渋滞しているとラジオの交通情報が伝えていた
    黒磯のカインズホームでタツキが目覚まし時計を購入した
    電波時計という誤差なし時計である
    これが温度計&電池付で780円という価格である
    絶対狂わない時計がこの価格が買えてしまうということに愕然とした
    夜はチゲ鍋を楽しみ、翌朝東京に向かった 今回のメニュー
    11/01


  • 夜 羽生PAレストラン
    11/02
  • 朝 さんま定食(最近タツキはさんま焼きがうまくなった)
  • 昼 ユキのパスタ
  • 夜 チゲ鍋
    11/03
  • 朝 北矢板PA
    でした。
  • 綱の湯の綱

    この所いろいろなイベントが重なり那須へなかなかこれなかった。

    もう12月も半ばになるのでそろそろ水抜き作業が必要な時期となり
    どうにか一日だけ時間を作り日帰りで那須へやってきた。
    タツキは学校行事でオーストラリア(ケアンズ)まで2週間のホームステイ中なのでユキと二人である
    サイトの木々はすっかり葉を落としテラスの屋根やデッキは落ち葉が吹き溜まりのように積もっていた
    落ち葉掃きや部屋の掃除などをしていると以前利用していたグリーングリーンの回数券の残りが出てきた
    有効期限はないようなので使えそうである
    ということで久々にグリーングリーンにいくことにした。
    なつかしい道路をドライブして昼ごろに到着、概観は以前とほとんど変わりなかったが
    中に入ってみるとやたらと注意書が目に付く。
    休憩室では「座布団を枕代わりに寝てはいけません」
    湯のみ用の流し台には「ここで入れ歯を洗わないでください」と書いてあった
    風呂場には「湯船でヒゲを剃ってはいけません」、「湯船で歯をみがかないでください」
    「毛染めはしないでください」などなどあげたらきりがないほどであった
    最近は利用者のモラルがかなり低下しているらしい。
    そんな中、脱衣室である写真をみつけた
    「綱の湯のいわれ」といった説明書の中の昔の共同浴場の写真である
    綱の湯というのはグリーングリーンの露天風呂のひとつで屋根の梁から綱が3本ほど垂れ下がっている風呂である
    以前からこの綱はなんなのか気になったがその頃にはこの写真付の説明文はなく
    「以前は縄につかまって入浴していた」といった案内であったので
    なぜ綱につかまる必要があるのか理解できなかった。
    湯船につかり綱につかまると体が湯船の中で浮き上がってくる
    お湯の中で浮遊する感覚がおもしろかったがこのために綱があるとは思えなかったのだ
    しかしこの写真付説明文でよくわかった。
    この綱はのびのびと温泉につかるといったイメージとは正反対な利用のされ方をしていたのだ
    広さが限られていた共同浴場の湯船ではより多くの人が入れるように深くしたのである
    ようするに立ってお湯につかるということである
    写真を見るとまるで満員電車状態である。そしてこの綱は満員電車におけるつり革と同じで
    体を安定させるものであったのだ。
    はっきりいってこの写真をみて「こんな温泉に入りたいな・・」と私は思えなかった。
    さらにこの写真は女風呂で誰一人としてカメラに視線を向けていない。
    どういう状況で撮影したのか不明である。
    とはいうものの久々のグリーングリーンをゆっくりと満喫させてもらった。


    昭和30年頃の共同浴場

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    綱の湯とは・・・
    昭和30年代前半には1箇所の共同浴場を中心に5軒の旅館があり、湯治客で賑わいを見せていました。
    写真はその頃の入浴風景で、浴槽の底から源泉が湧き出す共同浴場は、
    より多くの人が入れるように浴槽が深くなっており、湯治客は安全のため綱につかまって入浴をしていました。
    綱の湯」は、かつての板室温泉湯治場風情を再現したものです。綱につかまってゆっくりと下野の薬湯をお楽しみください。

    -----------------------------------------------------------------------那須塩原市施設復興公社ホームページより

    今回のメニュー
    12/14

  • 朝 佐野SAの朝食バイキング
  • 昼 黒磯のガスト

    でした。