突然群れをなしてやってきた。全員黒いネクタイと黒い帽子をかぶり
木から木へすばやく飛び移りながら奇声を上げている。
シジュウカラの話である。
今年の夏、タツキとヒカル君が作った巣箱をかけた木々の周りに10羽ぐらいのシジュウカラの群れがやってきたのだ
そして巣箱の廻りをあたかも巣箱の品定めでもするかのように飛び跳ねている。
この巣箱はシジュウカラ用のサイズで穴があけてある
はたして入ってくれるだろうか
祈るように見つめていると一匹のシジュウカラが穴に近づき
スルリと中に入った。
その瞬間「はいった~!」と叫んでしまった。
がしかしそのシジュウカラは穴から顔をだすとすぐに飛び立ってしまった。
そしてこの黒ネクタイ帽子群団は2~3分騒いだ後、なにごともなかったようにいなくなった。
今回は金曜夜に佐藤家のニューパジェロに乗って仁さん、ヒカル君たちと那須にやってきた
ニューパジェロは前のパジェロに比べると車体寸法がやや大きくなったということであるが
見た目は逆にコンパクトになったように見える。
車体色はシルバーの単色である。
夜9時前にサイトに到着。那須塩原IC付近から雪が降りだしサイトに向かう途中は
ちょっとした吹雪状態の場所もあった
後発のユキも9時半着の新幹線で登場した。
たつきとヒカル君は早くも卓球台に夢中になっていた。
翌日27日は雪が結構降っていた。風も強く極楽スキーが楽しめそうな状態ではなかたので
黒磯に買出しにでかけゆっくり過ごす。
その夜私は不覚にも38℃以上の熱をだし寝こんでしまった。
翌朝は快晴。仁さん、ヒカル君、たつきの3人はマウントジーンズに向かった。
発熱状態の私と持ちかえり仕事状態のユキは留守番である。
その夜はユキのイタリアンで楽しんだ。
29日には4人で那須ハイランドへいった。
たつき以外の3人は初体験である。
そしてレゴミュージアムに向かった。
レゴは「leg godt(上手に遊ぶ)」に由来するらしい
(ラテン語でレゴは「組み立てる」という意味でもある)
1916年に大工(現会長のおじいさんとのこと)がデンマークに木工所をつくり
始めは木製の遊具を製作した
その頃のモットーが「子供には最良の物を与える」という精神であり
この木工所で製作された木製遊具は好評であった。
この頃社員から社名を応募し「leg godt」から
"lego"というネーミングが選べられたという事である。
しかしこの工場が火事で2回も焼けてしまう。
そして木製遊具の生産販売が好調だったにもかかわらずこの2度目の火事をきっかけに
木製遊具の生産をすべてやめプラスチック製の遊具製作に変更したらしい
(このあたりの決断がすごいなあと思う。)
そして世界的に有名なレゴブリックが誕生した。
(以上はレゴ博物館でみた資料で知りました)
私も子供の頃はこのレゴブリックでよく遊んだ。
私のころは形状は直方体のみでこれを組み合わせて家や自動車らしきものを作っていたが
最近はさまざまなパーツがありディテールに凝ったすごいものが作れてしまう。
ちなみに最近は「トーア」という戦士をモチーフにしたバイオニクルシリーズが人気らしい。
私もちょっと挑戦してみたがパーツの種類が多くどう組み合わせてよいかわからず
お手上げ状態である。
昔のレゴはパーツを探すのはせいぜい色ぐらいで形はほぼ同じであった
(直方体の長さに多少のバリエーションはあった)
組み合わせ方でさまざまなデザインを作り上げていく
多少かたちが変でも創造力でカバーしていた
その点最近のレゴはリアルであるがパーツ探しが大変なのである
しかし現在の子供たちはいとも簡単に目的のパーツを探し出し
かつ自分たちの自由な発想でかたちを作り上げていく
脱帽である。
翌30日は体調も回復したので天気が良ければスキーをしようと思っていたが
あいにく曇天で風が強くスキー場は荒れていそうなのでサイトでゆっくり過ごした
そして黒ネクタイ帽子群団の訪問を受けたのである。
よるは天体望遠鏡で夜空を観察した。さすがに寒い!
翌日は大晦日、2003年最後の那須であった。
ヒカル君製作のバイオニクルバイク
12/27
12/28
12/29
12/30
12/31
でした。