2001年6月23日土曜日

地下50mの世界へ。



地下50mの世界へ導くドリルの先端。

井戸を掘った。サイトでは給水管を引き込むことも可能であったが
水道を利用するために払わなければならない加入金がなんと

70万円!!!


もするのだ。かつ毎月の基本料金も4000円ぐらいかかるというのである。
そこで井戸に挑戦することとなった。
費用は加入金や基本料金を考えると同程度であるが
水を自分の土地で自給するという精神はこだわってみたい。
井戸は50m掘ることになった。
地下50mの世界はどんなであろう。
いまここにサンダーバードに登場してくるジェットモグラがあれば
是非たずねてみたいものである。
井戸の業者の話によると地下50mには
火山灰が堆積しているらしい。
井戸を50m掘り十分な水が出たのであるが水質に若干問題があるということ。
鉄分が多いらいしいのである。
通常50m掘れば水質的には十分満足できる地下水がでるらしいのであるが
このあたりは火山灰の堆積層が厚くそれが原因のようである。
鉄分補給の栄養ドリンク剤などがあるので鉄分はなんか体に良さそうであるが
「過ぎたるはおよばざるにごとし」という事で
やはり多すぎると体にもよくないし、水道管や浴槽、シンクなどの水廻りの機器も
当然影響をうけるわけである。
そのため利用可能な水にするためには鉄分を除去するフィルターが必要になってしまった。
水は生活に必須であるが
生活していると汚水も必ずでる。
トイレやキッチン、お風呂などから排水される水は
汚水処理場が整備されている街では
道路に埋まっている汚水管を流れて処理場で処理され
川に放流される。
サイトのように汚水管がない場合は敷地の中に浄化槽という
小型の汚水処理場を設置してそこで汚水をきれいにする。
今回この浄化槽をキャビンの南側に設置した。
きれいになった水は通常は敷地内で浸透されるのであるが
サイトは地下水位が高く自然浸透があまり期待できないという事で
せせらぎに放流することとなった。
浄水した水ではあるがホタルの棲むせせらぎに放流するのは
ちょっと抵抗があったが浄水槽の性能に期待したい。 今回は土曜日の早朝に東京を経ちサイトには8時前に到着した。
工事中なので夜くると足場が悪かったりどこがどうなっているか
わからず危険なので早朝到着プランにしている。
10時に建築業者の方を打合わせをして昼に那須塩原に向かった
今回は久々にフーちゃんが来るのである。
時間通りにフーチャンを迎え黒磯のマンジャーレでランチとなった。
天気はどうにか雨も降らずどんよりとした曇り空だ。
その後あじさいロードをドライブしながらバリ屋に行った。
あじさいは見頃にはまだちょっと早かったようである。
フーチャンもバリ屋は結構気に入ったようだ。
この日は仁さんファミリーも夜から飛び入りで参加する事になった。
仁さんたちは近くの貸し別荘を借りるらしい。
グリーングリーンで入浴の後、仁さんファミリーと合流した。
夕方からあいにく雨が降り出した。
貸別荘は那須サファリパークのそばでキッチンなども充実していたので
そこでみんなで夕食を楽しむことにした。
スーパー池上で買出し。メニューは結構肌寒かったので「おでん」に決定。
調味料、鍋などの資材はサイトから持ち出し結構ゴージャスなディナー
となった。貸し別荘とサイトは車で10分の距離である。
夕食を楽しんでから9時過ぎにタツキを仁さんファミリーにあづけ
我々とフーチャンはサイトに戻った。
サイトに戻ると雨は一時的にあがっていた。
ランプの明かりがほんのりと残るサイトの窓は
なんだか我々の帰りをずっと待っていたようで
愛しく思えてしまう。
すると窓の明かりではなく
もっとほのかな小さい明かりがサイトの廻り飛び交っていた。
ホタルである。このサイトで初めてホタルを発見してから
もう数年たつがホタルは元気のようだ。
下草を伐採したりキャビンを建てり、デッキを作ったりして
生態系には大分影響を与えていると思っていたが
ホタルは生き続けてくれている。ありがたい。
ほんとうにありがたい。
今回キャビンより大きな家を建てる。
井戸を掘ったり、浄水槽を設置したりして
今までより生態系にさらに影響を与えてしまうのは避けられない
来年もこのホタルの淡い光が飛び交ってくれることを願いながら
闇夜の樹林に瞬く光を見つめた。
翌日はあいにくの雨。
仁さんファミリーの貸し別荘で朝食を楽しんでから帰路についた。

設置された浄化槽

2001年6月9日土曜日

鬼ごろしと地鎮祭




伐採予定樹木に鬼ごろしを献上。

今回は土曜朝8時にサイトに到着した。
東京を朝5時半にスタートしたがこの季節は朝4時半から明るい。
今日は10時半に工務店の方と現場立会い、位置確認などをする予定である。
朝はOn the wayで購入した朝食をサイトで楽しみ建築予定地などを確認しながら
打合せの準備をした。
予定通り工務店の方がサイトに到着。
今日は現場代理人の方とも会い位置、工程の打合せをした。
来週から伐採を行い井戸掘削、浄化槽設置、倉庫移動、基礎工事....という段取りで
進めていくこととなった。 打ち合せ後、黒磯で昼食、買出しをしてサイトに戻った。
いよいよ来週早々から伐採という事なので自分たちだけで地鎮祭を行うことにした。
地鎮祭とは「建物を建てる時、地の神様が怒らないようになだめる行事。」
らしいと自分で勝手に解釈している。建物を建てるために環境(植生)を
破壊してしまうことはやはり人間のわがままなのだろう。
しかし1本の植物も伐採せず自然林に建物を建てるのは不可能に近い。
建築物を建てる以上植生は犠牲にならざるえないのが現状である。
だとすれば伐採せざるを得ない樹木には私どものわがままをお許しください
(できるだけ伐採がすくないプランを追求したつもりであるが)
という意味合も込めて許しを乞う事が必然であると思う。
という理屈のもと伐採予定樹木に日本酒を捧げ許しを乞いたのである。
またサイトの大きな岩を「地の神様」ということにしてそこにも酒をたっぷりそそいだ。
地の神様が酔っ払って何だが分からない内に着工してしまおう。という作戦である。
これで地の神がほんとうに鎮まるかはちょっと疑問であるが
「何にもしないよりいいだろう!」
という事で決行した。
ちなみに鎮めるために献上した酒は地元酒の一つである十一正宗の「鬼ごろし」という日本酒である。
地の神を鎮めるならこのくらいのネーミングの酒のほうが効き目がありそうである。
我流地鎮祭を強行してからひさびさにグリーングリーンにいった。
夜はイタリア食堂でゆっくり食事をして早めに床についた。
翌日は朝からあいにくの雨であった。今回は東京で昼から予定があったので
朝食もとらずに8時に雨がお神酒を流しきる前に帰路についた。

2001年5月19日土曜日

カエルガーデン



カエルガーデン

今回は変則パターンで由紀と二人でサイトに来た。
というのは今回の訪那はまずサイトの建築工事の契約、
さらに納屋の整理、そして決して人任せに出来ない着工前に
伐採されては困る植物を移植するためである。
タツキは学校があるので東京で留守番である。 金曜の夜サイトに到着し翌朝はお気に入りの早朝ウォーキングの時間も惜しんで
移植と移動する納屋の荷物整理を始めた。
納屋の整理は順調に進んだが移植は結構手間取った。
ゲートに植えたヨーロッパゴールドやニシキギ、ガマズミ、アジサイや
山野草ファンには生唾もののマムシグサや那須サイトの誇り、タラノキなど
移植しなければならない植物は結構な数になる。
9時から黒磯にある建築会社で契約の予定なので残りは契約のあとに・・・
約束の時間に会社に到着して無事契約調印。
雑談で那須岳がもし噴火したらという話になったが
そこの社長の理論では爆発しても溶岩は裏にながれるから那須は大丈夫である
と太鼓判をおしていた。
さすが社長になる人物の自信に満ちた思い込み言動には恐れ入る。
契約後サイトに戻り移植の続きを行なった。
キヌタソウ、マムシグサやタラノキもせせらぎのそばに移植し、
バリ屋で購入したカエルの石像を番犬ならぬ「番蛙」として置いた。
ちなみに欧米ではカエルは庭の神様として偶像化されている。
たぶん害虫をエサにするからであろう。
予定していた移植をものすごいスピードで終え、2時すぎに帰路についたが
途中の高速で予想外のすさまじい豪雨に遭遇した。
さいわい無事であったが東北道が雨で川のようになってしまったのは
まったく初めての経験であった。
走行車両はみな文字通りそろりそろり非常灯をピコピコさせてかろうじて動いた。
車内で「ハイドロプレーン現象」は禁句であったことはいうまでもない。

2001年5月12日土曜日

ギョ!マムシだらけ?



マムシグサ

マムシといっても毒蛇のマムシではなく植物のマムシグサの事である。
マムシグサは以前からサイトに自生していたが1株のみで他には見当たらなかった
それがなぜか今年は6株ほど出現し、その特徴的な花を咲かせていた。
茎の模様がマムシの模様に似ているためマムシグサを呼ばれているようであるが
別に花に毒があるわけではない。
花が終わると大仏の頭みたいな形の真っ赤な実がなる
これも花と同様かなり特徴的である。 今回も定番の金曜夜スタートとなった。
夜8時東陽町発でサイトには10時半に到着した。
翌朝は快晴。田舎道ウォーキングを楽しみ。朝食をとる。
このところ天気には非常に恵まれている。
土禁デッキにゴロンと寝転び空を見上げる。
コナラ、クヌギ、クワ、カシワ、クリの若葉が一斉に芽吹きだし
朝日に照らせれた淡い緑色が雲ひとつない青空に溶け出すような
すばらしい絵柄となっていた。
ウグイスはまるでエンドレスのBGMのように
途絶えるころなくいたるところでさえずり合っている。
10時前にサイト増築プランのため建築業者の方と打合せをした。
プランも大分かたまってきたので今月中には契約となりそうである。
昼近くまで打合せをしてから久々にビストロイラブでランチとなった。
ところがいつになくたつきに元気がない。
朝から咽が痛いといっていたがどうやら風邪をひいたらしい。
たつきの大好物であるハンバーグステーキもいつもならペロリと
たいらげていしまうのだが今日は残してしまった。
その後カインズホームで植木鉢を購入した。
別に花を植えるためではない。
以前作成したスーパードライ浄水器の中が錆びてしまい
浄水器として使いものにならなくなってしまったので
今度は錆びない素焼の植木鉢を利用しようと思ったためである。
下に穴も開いているので都合が良さそうである。
そのあとダイユーにより夕食の買出し。
たつきの風邪薬も買いその場で薬を飲ませサイトに戻った。
植木鉢浄水器は思った以上にうまく出来た。
これでしばらくは川の水を中水として利用できそうである。
薬が効いてきたのかたつきも少し元気になってきた。
子どもの回復力は驚異的である。
特にたつきは2年間で小学校を休んだのはわずか1日なのだ。
夜は鰹のたたきである。サイト初挑戦のメニューだ。
七輪の炭火が若いうちにさっとあぶるように焼きしょうがとたれで食す。
うまい!。こんなにおいしいなら毎回やりろう。
炭火がおちついたところで焼はまぐりなどを楽しんだ。
翌朝は朝食ハイキングにトライした。
那須岳のふもとの八幡あたりのつつじをみながらの朝食である。
朝早いため他の観光客はいないのでこの風景を独占状態である。
しかし残念ながらつつじの見ごろには少し早すぎたようであった。
きっと来週あたりが最高の見頃になるであろう。
朝食ハイキングのあとはサイトまでワインディングロードのドライブを楽しみ
サイトに戻り後片付けをして帰路に着いた。

新緑がとけだしそうな青空

2001年4月28日土曜日

お座敷てんぷら。

定番パターンになった金曜スタートでサイトに向かった。
天気は上場である。サイトに着いたのは夜11時頃で
その日はすぐに就寝。
翌朝田舎道ウォーキング
最高の天候に恵まれ21世紀のゴールデンウィークはスタートした。
10時にサイト増築計画の打合せを工務店の方とした。
その時那須町で採れる石の情報を聞いたので午後早速見に行くことにした。

石の名前は芦野石。
那須町の芦野というところで採れる安山岩で白河石とほぼ同じである。
その芦野石と白河石でつくられた芦野石の美術館というものが那須町にある。
この美術館がすばらしかった。
古い石倉と新しく築いた石の建造物、池で構成される空間の調和は
ただただ関心するのみである
すっかり芦野石にはまってしまった我々はそのあと芦野石の採石現場を確認し
サイト増築計画に芦野石を取り込むことを決意した。
サイトに一度もどりグリーングリーンで入浴してからスーパー池上で
夕飯の材料を買い込んだ。今夜はシラスコである。
実はNHKの番組「ためしてガッテン」で紹介されていた
アウトドア料理を実践してみようと思ったのである。
カルビ塊肉800gを炭火で焼きながら削いで食したのであるが
これが七輪炭焼きに最高、絶品、もう大変というぐらいうまかった。
シラスコそのものはブラジル料理であるが炭焼きアウトドアクッキングにマンムキ
(非常に合っているの意味)である。
さすが国民から強引に視聴料をとっているNHKである。
食べきれなかった肉はアルミホイールに包んでおけば
余熱でローストビーフの出来上がりとなる。
翌日(日曜)は9時過ぎに久々西沢氏が登場するとの事で
那須塩原に迎えに行った。
定刻通りに西沢氏登場。池上で買出しのあと
グリーングリーンでくつろぎ昼過ぎにはサイトに戻った
本日のメインイベントは昼間からお座敷てんぷらなのだ。
サイトにはとっても贅沢なお座敷がある。
土禁デッキである。
この時期は壁の代わりに若葉が辺りを包み込み、ウグイスの泣き声がBGMとなる。
久々に囲炉裏風テーブルを倉庫から出し土禁デッキに設置した。
中央にはカセットコンロにラ.クルセールの使い込んだホーロー鍋を置き
ごま油を少量加えたてんぷら油を熱する。
食材はもちろん野菜、山菜類である。
とくにこのサイトで採れるタラノメは必須アイテムだ。
残念というか憎たらしいというか近年このタラノメがやたらと盗まれる。
今年も目立つところのタラノメはもうすでに取られていた。
どうにか難を逃れた7~8芽を採取しお座敷てんぷらのスタートである。
冷たい水でといたてんぷら粉を山菜にまぶし
適温の油に落とす。
心地よい音とともにいったん沈んだ食材が浮かび上がる。
そこをさっと救い上げ油切の紙の上に置き
なまら塩(ちかくのそば屋で売っている塩)でアツアツを食す。
サクッという日本人にうまれてよかったと思う触感のあと
素材のうまさを10000%引き出したようなうまみが口の中に溢れ出す。
うまい!うまい!うまい!
言葉には表現できないこのうまさ。
てんぷらといえば一番うまいのはえび天だと思い込んでいる奴は
本当にかわいそうなまずしい輩である。
山菜てんぷらを若葉の中で食す。
あまりのうまさに舌鼓をうつ。
と同時にうぐいすがホーホケキョなどと相槌をうつ。
あ~改めて日本人に生まれてよかったと痛感する一瞬なのである。
日本人の幸福感を満喫したあと腹ごなしに近くの牧草地で
水ロケット遊びをした。西沢氏は初参加である。
私たちはまだ一度も成功していない2段ロケットにトライした。
空気を入れている途中で2段目が発射してしまうのがいままでのパターンであった。
しかし、この日は十分空気が入るまで2段目は発射しなかった。
カウントダウンを始めると何時の間にか沿道には車が4~5台こちらを眺めていた。
ゼロ!の合図をともに1段目のロケットのノズルキャップを引きおろすと
2段ロケットは見事に発射した。そして1段目が水を全部吐き出す前に
2段目が噴射。2段目は空高く舞い上がったのである。
予想もしなかった大成功。
沿道の車からも祝福をしてもらった。
こんなにいうまくいくとは?きつねにつままれた思いである。
よしこの調子でドンドン飛ばそう!とその後も何回もトライしたが
結局うまく飛んだのは一番始めの一回のみであった。
夜は昨日のシラスコが大変おいしかったので西沢氏にも是非食していただこうと
ということで連日シラスコということになった。
このメニューは那須サイトの定番になりそうである。
翌朝は6時起床。ユキが用事があったので朝食もとらずに
サイト撤収。西沢氏を朝7時30分に那須塩原で見送り帰路についた。

芦野石の美術館

2001年4月14日土曜日

ハイシーズンど真ん中。


01/04/14



やあ~ほんとにすばらしい季節である。
新緑の候、
木々の若芽が膨らみ始め
朝は5時を過ぎると明るくなり
爽快な朝の空気を思う存分楽しめる 刺す虫もいない。
うぐいすも鳴き方の練習をしているようだ。
ホーホケキョときれいに鳴くにはまだちょっと時間がかかりそうである。
スキーシーズンは終わったがゴールデンウイークはまだ先。
那須エリアはひっそりとしている。
朝晩はちょっと肌寒いがずいぶんと過ごしやすくなった。
まさにサイトの(one of the)ベストシーズンである。
いままでも何度も報告しているが那須のベストシーズンは決して夏ではない。
むしろ夏は最悪のシーズンに近い。連日の夕立と蒸し暑さそして害虫・・・
できれば避けたいシーズンなのだ。
金曜に半休をとりサイトに向かった。
金曜午後の割には都内はたいした渋滞もなく東北道にアクセスして
明るいうちにサイトに着くことができた。
SETSの設置やランプの準備などをしてから最近のお気に入りである
「イタリア食堂」に向かいタンシチューやステーキ、ボロネーゼなどを食した。
翌朝は久々の田舎道ウォーキングを楽しむ。
天気は最高。小鳥のさえずりのなか至極の朝食である。
今日は9時からサイト増築計画の打合せのため設計の方がサイトにやってくる予定である。
まだ少し時間があるなと思い朝からビールを飲んで気持ちよくなってた頃登場した。
朝の気持ちい日差しの中デッキにテーブルを出し打合せをした。
増築プランの特徴は
1)玄関なしの瓦土間
2)大谷石のアイランドキッチンを中心にした吹き抜けのダイニング
3)大きなデッキとゲートストーン
4)風呂場とつながるはだかデッキなどである。
これから予算をつめなければならないがプランはだいぶ固まってきた。
打合せのあとはカインズホームにて2段ベット用ラダーなどを調達した。
昼食は久々のビストロ伊良部で食べた。
今回は初めてステーキ丼を注文した。
この店の名物なのだがなぜが今まで頼んだことがなかったのだ。
絶品である。複雑にうまい!バターの風味と肉、ご飯のバランスが絶妙だ。
ただひとつの欠点はコンスタントに食べたら絶対に太りそうであるという点である。
食後は毎度のグリーングリーンで湯っくりするつもりであったが
ユキが風邪気味で体調がわるいので取りやめにした。
おかげでサイトでゆっくりと午後の時間を楽しめた。
ログサークルの杉丸太の皮を剥ぎ取り
タツキと焚き火をした。杉皮は着火剤のようによく燃えるのである。
夜はユキがうどんかそばなら食べられそうということだたので
そばや探しとなった。近くの十割そばは休み(最近やたら準備中である)
仕方なく久々に那須街道に向かった。「山ぼうし」なるうどん屋を発見、そこで
夕食となった。結構うまく、さっぱり柚子うどんやフライ定食もボリュームがあり
那須街道にしては値段も安くこれからも使えそうである。
病人がいるので夜は早めに寝た。
翌日も天気がよく最高の那須日和であった。田舎道ウォーキングを逆コースで楽しみ
充実の朝食&朝ビールで大満足の朝を満喫してから
昨夜行きそびれたグリーングリーンに立ち寄り帰路についたのである。

増築サイトイメージスケッチ。

2001年3月24日土曜日

"どま"と"まど"



前回から頭の中で那須サイト増築計画が廻り続けている。
休日にスチレンボードで3D模型製作にいそしみ、立体描写に
結構はまりまくりである。
キッチン周りのデザイン収集に青山や新宿のショールーム荒らしを一通りこなし、
今回は万全の体制で24日に西那須野のモデルハウスで設計の打合せの予定である。

このところ穏やかな暖かい日が続き、那須サイトにおけるベストシーズンの幕開けだ。
ちなみに、3月中旬から梅雨入り頃までの3ヶ月、少しあけ、9月中旬から12月中ごろまでの
3ヶ月のあわせて約半年間がサイトのベストシーズンである。よって、逆に一般ピープルが
喜び勇んで那須へ避暑などに向かわれるシーズンは混むし、蒸すし、虫も多い、
夕立も多しで、あまりお薦めではない。

仕事の都合をつけて金曜日の午後からサイトに向かった。
暗くなる前にサイトに到着し、簡単な買出し(必要最小限ビールとタツキのパン)後、
スーパーいけがみ近くにある「イタリア食堂」というレストランで夕食を試みた。
さまざまな意味で緊張する「初めての」店であったが結構おいしく、
特にユキが「お袋の味チック」と、気に入っていたようだ。
その後、夜は深夜まで(那須においては極めて宵っ張り)プランについて議論した。

翌朝は快晴。久々に田舎道ウォーキングを楽しみデッキと朝食となる。
10時から設計の方と打合せでプランの提案もしていただけるので楽しみである。
守屋家におけるこだわりは雑木林と大きな岩とキャビンと家の関係。
特にリビング、ダイニングキッチンは外の樹木、岩を感じていたい。
そこで大きなデッキを岩を囲むように張りださせ、そのデッキとリビング、
ダイニングキッチンの境は掃き出しの大窓で全体の一体感を持たせた。
またアイランドキッチンを設置し調理をみんなで楽しむ「板場」な空間なども盛り込んだ。

模型まで作成して打ち合わせる人はあまりいないだろうなと思いながら
約束の時間に打合せ場所である西那須野のモデルハウスに向かった。
こちらのイメージを模型を使って一通り説明してから
設計の方の意見を伺ったら想像もしなかった提案をしていただいたのである。

土間である。

LDK全部土間なのである。
私の案はLDKは一般的なフローリングで同じイメージのデッキが外に張り出すデザインであった。
視覚的には一体感がある。
でもこのかたちだとデッキに出るときどうしてもサンダルなどを履きたくなるので
使い勝手の面から考えると一体化しているとは言いがたい。
LDKが土間と掃き出しの大窓で構成されれば真の意味でデッキと一体となり
外部との精神的な垣根が低くなるのではないだろうか。
"土間"と"窓"のコンビネーションである。
また中途半端な玄関という空間が必要なくなるため限られたスペースが有効に利用できる。
一般住宅であれば敬遠されがちな土間であるが
サイトのような使い方であれば非常に有効なのではないだろうか。
実は設計の方はこの「那須サイトレポート」にも目を通していただいており
生活のイメージから土間を提案してくれたようである。
さすがプロ。である。 土間の材料は瓦材ということなので汚れはあまり目立たないのだが
汚れが気になるのも事実である。
特にサイトのまわりは土なので雨が降れば靴は泥だらけとなる。
そこで今サイトで活用しているビニールサンダル(通称便所下駄)風な今後は改め、
「土間下駄」利用を考えた。靴が汚れているときや、靴を履いているのがうっとうしい時は
ドマゲタに履き替えればOKである。ドマゲタ選びも結構も楽しめそうなプロジェクトである。
しかし楽しい話ばかりではなかった。
現実世界にいきなり引き戻されるように見積書が提出された。
が~ん!というか予想していたといおうか予算オ~バ~。
これからは資金調達がメインテーマになってしまいそうである。
ともあれ土間プランという楽しげなプランで進めていきたいと思う。
2時間ほど打合せをしたあと黒磯の天下一番ラーメンで昼食(実はここはとてもうまい!)
カインズホームで燃料、飲料水など基本アイテムを調達をしてサイトに戻った。
天気は快晴。2週間前がうそのような春うららかな陽気でまさに那須ベストシーズンである。
その後グリーングリーンでくつろぎ、いけがみで食材の調達。
この夜はサイトで豚しゃぶと揚げぎょうざである。これがシンプルで結構うまい。

提案された土間プランに思いをめぐらせながらサイトの夜はふけていった。

1LDK平屋15坪+デッキ案に基づき作成した模型。