2001年12月22日土曜日

雪明りの土星観察

それは確かに輪にみえた。
わずかにぼやけた物体であったが淡い光の点の周りを囲むように
楕円のリンク状に輝いていた。
東の空。オリオン座の上に輝いている1等星を反射望遠鏡で覗く
倍率は125倍。生まれて初めてみた土星の輪である。
月も半月で観察には絶好のタイミングであった。真横からの太陽光により
クレーターのデコボコがハッキリ、クッキリと映し出された。

今回は金曜夜から佐藤ファミリー+守屋ファミリー総勢6人がパジェロに乗り込み
那須に向かった。サイトに着いたのは夜10時過ぎであったが
なんとあたりは今まで見た事もないほど大雪状態で倉庫の屋根に積もった雪は
軒を回り込むように巻き込んでいて芸術的な造型となっていた。
この大雪国状態で子供たちは大興奮状態たなりすぐ寝かせるつもりが
大分夜更かしをすることになった。
翌朝、あらためて周りをみると一面の銀世界。
朝食のあと黒磯の街に買出しに出かけ
雪かき用のプラスチック製の大きなスコップを購入した。
昼はひかる君お気に入りのピザ釜でやいたピザとユキのパスタ。
食後はデロンギのエスプレッソマシーンで煎れたカプチーノで締めくくった。
午前中はまだ雲が多く風もあったが午後から天気も回復してきた。
とつぜん仁さんがカマクラを作ろうと言い出した。
子供二人が入って火鉢で餅が焼けるぐらいの大きさのカマクラが目標だ。
デッキに降り積もった雪をメインに土禁デッキに雪を盛り上げ山のような形に
なるように表面をタタキ、最後に子供二人+火鉢スペースの穴を掘る。
男2人+子供2人では結構な重労働であったがどうにか完成した。
夜はきのこ汁をベースに和食を楽しむ。
昨夜が遅かったのとかまくら作りの疲れためになんと7時には全員が寝てしまった。
日曜はみんなでスキーにいく予定である。天気も上々で朝食をすませ8時半に
マウントジーンズに向かいスタートした。30分ちょっとでスキー場に到着。
思ったよりすいていた。
ひかる君は新しいスキーセットでの初挑戦となり
今までより長い板に多少手こづっていたようであったが
帰るころには大分慣れたようである。
たつきもひかる君の新しい板をちょっと借りて滑ったところ
気持ちよく滑れたので今度来るまでにスキーを購入することにした
思えば今の板は保育園時代にかったもので今のタツキの体格からすると
あきらかに小さすぎる。
昼はスキー場内のレストランで食事。テーブルはほぼ満席であったが
背後霊がでるほどは混んではなかった。
ランチのあと我々はもう一度山頂までゴンドラでのぼりスキーを楽しみ
午後1時過ぎにスキー場を後にした。
スーパー池上で買出しをしてイブイブは
チキンとケーキをメインに楽しんだ。そしてこの雪明りの中土星観察に成功したのである。
この日もスキーの疲れのためか7時過ぎには就寝。
那須サイトにくると早寝が習慣になる
翌日は朝風呂などを楽しみ昼前にサイトを出た。


カマクラではしゃぐタツキとヒカル君

2001年12月9日日曜日

スーパードライ浄水器



今回も前回同様、金曜日の夜にサイトに着いた。
前回と違うのは月がほぼ満月に近かったため辺りが結構明るかった事である。
月明かりがこれほど明るいのかと改めて感心してしまう。
青白い月の光で廻りの木立は照らされて影すら落としている。
翌朝は快晴。気温-1度であった。恒例の早朝ウォーキングをする時間であったが
この時期は日が昇るのが遅く、6時半でもなんとなく薄暗い感じである。
辺りはまだ霜が降りていて白っぽくとても寒いのでもう少し日が上ってからということで
7時半にウォーキングをスタートした。
今日はいつものウォーキングコースを逆に歩いてみた。
逆に歩くといつものウォーキングコースが非常に新鮮に感じる。
まったくあたらしい道をあるいているようだ。
ウォーキングから戻り、ピュアにおこした炭でより風味豊かになった
パンとソーセージ、タマゴというリッチな朝食となる。
この時間になると日もかなり昇り、気温もどんどん上昇して着こんでいれば屋外でも気持ちいい。
朝日をサンサンと浴びながら朝食をゆっくり楽しむ。もちろんビール付きで!
ラジオでJwaveを聞いているといつも利用している高速川口線下りでの事故渋滞を報じていた。
いままでの土曜朝スタートなら間違いなくこの渋滞にはまっていただろう。
朝食のあとホワイトガソリンを買うため西那須野にあるWild-1というアウトドアショップにいった。
冬はホームセンターではホワイトガソリンが売ってないのである。
たまにこういった値段は高めだが、品揃えがdime,be-palのような
アウトドア専門店にくると結構楽しい。
あたりまえだがホームセンターなどにはないグッズを扱っている。
今回はホワイトガソリンのほかにカセットボンベが利用できるランプと
マグライト&マグライト用のスタンドを購入した。
その後カインズホームに立ち寄り熱帯魚用のフィルターと竹炭を買い
隣のセルフガソリンスタンドに寄ってからビストロイラブでランチとなった。
タツキはお気に入りのハンバーグ、私とユキはムルギカレーだ。
ランチを堪能したあとスーパー池上で夕食などの買出しをしてサイトに戻った。
実はカインズホームで購入した熱帯魚グッズと竹炭は
サイトの小川の水を浄化するための材料なのである。
川の水を手洗いや食器洗いに利用しているが原水だと落ち葉の粉などのごみが多い。
そこで倉庫に眠っていた大きな蓋付きスチール缶(アサヒスーパードライのロゴ入り)
を浄水器にしてしまおうという企てである。
まず缶の底に小さな穴をあけ、一番底に熱帯魚用の細かいフィルターを敷き
その上に竹炭、その上にまた細かいフィルター、一番上に荒いフィルターを敷き出来上がりである。
このスーパードライロゴ入り簡易浄水器をポリタンクの口の上に置き、上から川の水を入れる。
濾過された水はポリタンクにたまっていった。
ここで勇気をだしてテイステイングをしてみる。
飲用水として利用するつもりはないが
どんな味がするのか好奇心が湧いてきたのだ。
う~んなかなかまろやかな味である。水道水の味とは明らかに違う。
サイトの水は飲水、コーヒー用のミネラルウォーター(購入)と
菊池酒店で汲んでくる水道水(料理用)と
このスーパードライ浄水器で作られた水(手洗い、食器洗い用)の3種類となった。
浄水器を製作したあとログサークルで焚き火をして焼きイモなどを楽しんだ。
夕方になってグリーングリーンでも行こうかを思っていたが
タツキがどうも元気がない。熱を測ってみたら38度以上あったので
グリーングリーンはあきらめ薬を飲ませて寝かした。
夜はキャビンでブイヤベースを堪能し、早めに寝た。
翌朝も逆コースのウォーキングをして朝食を楽しんだ。
タツキの熱がまだ下がらないので薬を飲ませて家路に付いた

2001年12月8日土曜日

那須合宿




散歩するたつき&ひかる

例年タツキは佐藤家のご好意により学校が休みになると葉山合宿をしている。
そこで今回はN@suHouseも完成したのでヒカル君を預かり
那須で合宿となった。
金曜夜にヒカル君を乗せたパジェロが東陽町に到着。
ヒカル君はそのまま東陽町に泊まり土曜早朝
4人で那須に向かった。
8時近くにサイトに到着。かなり冷え込んでいたがまだ周りに雪は見当たらなかった。
ヒカル君とタツキは冬の野原を駆け回る子犬のように遊びはじめた。
昼はユキのパスタとピザ釜で焼いたピザである。
この釜焼きピザにひかる君は大喜びであった。
(こんなおいしいピザは食べたことがないと言っていた。)
昼過ぎはひかる君とたつきを連れて
私が早朝田舎道ウォーキングをする全長約5kmの散歩を楽しんだ。
石ころを蹴りながら歩くだけでも子供にとってはかなり興奮する遊びらしい。
夜は釜で炊いた炊き込み御飯がメニューであった。
翌朝はわずかであったが雪が舞っていた。
初雪である。この舞う雪の中、恒例田舎道ウォーキングをする。
昼は火鉢で焼きおにぎりをつくる。
なんとものどかなゆったりとした休日を那須で過ごすことができた。
昼過ぎにサイトを出発し3時過ぎに東陽町に到着。
ひかる君の両親をすぐに登場して二日間の那須合宿は無事終了した。

2001年12月2日日曜日

土間と火鉢。



絵巻きに登場する火鉢

『枕草子』二十八段
「火をけの火、すびつなどに手のうらうちかへしうちかへし、
おしのべなどしてあぶりをるもの...」
日本は夏蒸し暑く、冬は雪が降るほど寒いと言うかなり温度変化の激しい国で
その、温度変化に対応するために出し入れ自由で持ち運び便利な火鉢が生まれた。
平安時代には土・木・金属の方形、長方形、円形の火鉢が使われたそうだ。 という事で那須サイトでも大昔の日本人が発明した究極のモバイルヒーター「火鉢」を導入した。
円形で黒無地の渋い火鉢である。
この火鉢と瓦土間がとてもいいコンビネーションで気に入った。
火鉢は暖房器具だけでなく調理器具としても非常に楽しいグッズである。
特に餅を焼くにはこれ以上のものはない。
火鉢のそばに腰をおろし暖をとりながら餅をちょこちょことひっくり返し
膨らんでいく様子を楽しむ。
日本人に生まれて良かったと実感できるひとときである。
今回はタツキが学校のある土曜午後1時にスタートした。
アクセスは思っていたより遥かに順調で3時にはスーパーいけがみに到着した。
夕食などの買出しを済ましサイトに向かった。
この時期の那須はひっそりしてしてすっかり葉を落としたサイトは明るくさわやかな印象だ
考えてみると母屋が完成してから家族3人で来たのは初めてであった。
夕食は炊き込み御飯。実は今回は火鉢以外にも和物を持ってきていた。
飯炊き用の釜である。ガスコンロに乗せて使用するタイプであるが
蓋が重く結構本格的な釜だ。
「始めチョロチョロ、なかパッパ、赤子なくとも蓋とるな。」
の教えどおり弱火で炊き、蓋がグズグズを動き出したら強火にして水気を取りそのあとは蒸らす
というごはん炊きの基本を再認識させてくれる一品である。
スイッチひとつで無難に炊きあげ保温する炊飯器とはまったくコンセプトが違う。
那須サイトの基本は非日常を楽しむことである。
便利であるというより楽しむ事が基本なのだ。
翌朝は恒例田舎道ウォーキングを楽しんだあと朝食。
この時期は葉がなく、太陽が低いので土間の奥まで日が射し込むので本当に気持ち良い。
夜のうちに冷え込んだ瓦土間は太陽のエネルギーをどんどん吸収しながら部屋をあたためてくれる。
昼前に昼食&夕食の買出しとガソリン補給のため黒磯まででかける。
昼はパスタ。ゆっくりと初冬の那須を楽しむ。夕食のあと8時ごろサイトを出た。
この時間は道を順調で10時前には東陽町に着いた。

火鉢で餅を焼くタツキ

2001年11月17日土曜日

21時間。

那須サイトを利用するのは原則タツキの学校が休みの土日がらみである。
小学校は毎月第2、4土曜が休みなのでサイトに行けるのは通常は月2回となる。
もっとサイトを楽しむ時間を増やしたい。
母屋が出来てこの気持ちはどんどん膨らんできた。
そこで今回はサイト利用の新しいパターンに兆戦した。
タツキの学校がある土曜日を利用する
ユキと二人で金曜夜9:00東陽町をスタート。(タツキは学校があるので祖母といっしょに留守番)
途中コンビニで朝食等の食材を購入。サイトに11:30到着。
翌朝は田舎道ウォーキングや朝風呂などたのしみゆったりとした時間を過ごす。
昼前にカインズホーム、コジマで掃除道具等を購入。
またスーパー池上で食材購入。(今回はいわしのパスタ)
ランチを楽しんだあと陽光の射し込むお風呂にゆっくりつかる。
そして午後4時前にサイトを出発して6時過ぎに東陽町到着。
トータル21時間である。
せわしないかなと思ったがやってみると意外とゆったりとした時間が楽しめる。
やはり母屋ができたのでサイトの生活時間にゆとりができたからであろう。

このところサイトはかなり冷え込むので
オイルラジエーターヒーターを購入した。
デロンギの1500W仕様である。
1500Wということは100Wの電球が15個分である。
すさまじい電気量だ。
まるでいままでの電気のない生活分を消費してしまうような感じだ。
1日利用すると電気代は約400円となる。
ただ安全性、デザイン、空気がよごれない。においがない
などの理由で母屋のベース暖房として採用した。
またこのオイルラジエーターヒーターは乾燥機としても強力である。
厚手のタオルなども上に掛けておけばすぐに乾いてアツアツとなる。


デロンギのヒーター

2001年11月10日土曜日

屋根で楽しむ。



ルーフキャビンイメージ

屋根に上り木漏れ日を体いっぱいに浴びたり
バードウォッチングや、星空を眺めたりできたら気持ちいいだろうなと
子供のころから漠然とあこがれていた夢が実現しそうである。
屋上ではなく屋根というところがミソである。
普段は上がってはいけない場所に上がるという行為が
好奇心をくすぐられるのであろう。
そんな好奇心に満ちたキャビンが那須サイトに誕生する。
隣地の佐藤家の建築計画(ルーフキャビンプロジェクト)が具体化してきたのである。
小屋といっても12畳のファミリールーム、倉庫、エントランステラスなどがあり
電気、簡易水洗トイレまである本格的なキャビンで、外壁はアルミの角波というハイカラな仕様である。
(今までのランプ小屋とはかなり違うのである。)
そして片流れの屋根は長さ10m以上、幅5m以上あるかなり大きな空間となる。
屋根の勾配は2寸。腰掛けていれば恐怖を感じるような勾配ではない。
むしろ適度な緊張感がここちよいかもしれない。
(ただこの屋根での深酒だけは要注意であろう。)
母屋(nasu-h@use)完成に引き続きルーフキャビン構想が熟す。
21世紀になりサイトはあたかもビックバンのように拡張しているのだ。

今回はちょっとイレギュラーである。
金曜の夜、佐藤家が東陽町までパジェロで迎えに来てくれた。
ユキは残念ながら急用で今回もこれなくなってしまい私とタツキだけの参加となった。
あいにくの雨であったがパジェロの中は観光バス社員旅行のようにビールが振舞われ
運転手以外は非常にご機嫌なドライブとなった。
サイトに到着したのは夜10時近くであった。
先日、井戸水は浄化が不可能ということで見切りをつけ
水道引込を依頼してあったので水栓を捻ると通常の水がでる。
飲める水が出てくるなんてなんて幸せなんだろうと
改めて水の貴重さを痛感した。
だが水の味は薬臭く東京の水と同じようにおいしくはなかった。
夜は佐藤家が持ってきた鮭、イクラなどをつまみに宴会となり
佐藤家のルーフキャビン計画などの話が盛り上がり12時近くに床についた。
翌朝はどうにか雨もあがっていたので恒例の田舎道ウォーキングを楽しんだ。
ウォーキングのあとは待望の朝風呂である。
この気持ちよさは例えようがありません。
朝食のあとみんなでシノダケで箒(ほうき)をつくった。
サイトには刈りっぱなしのシノダケが山ほどあるのでそれを集め
茎の方を適当に何箇所か紐でしばり、穂先は剪定ハサミではきやすいように刈そろえて出来上がりである。
この即席のシノダケ箒がデッキの落ち葉掃きには最高に便利であった
子供たちも自分たちで作った箒で掃除するのは楽しいらしく
競うように落ち葉を掃きまくった。
その後水ロケットで遊んだ。先日TVチャンピオンで水ロケットを特集していたのである。
ひかる君は水ロケットは初体験らしく結構驚いていた。
そして水ロケットの原理で自動車をつくることとなり、
みんなで水ロケットカー作りに興じた。
昼前に工務店の方が来て打合をした。私は工事の精算の打合せという
あまり楽しくない時間であったが佐藤家はルーフキャビンプランの打合せという
非常にクリエイティブが時間となったのである。
その後昼と夜の食事をスーパー池上まで買出しにいき午後は
飲んで食って風呂に入って昼寝するという超極楽状態となった。
夜は最近発売されたスターウォーズエピソード1、ユーガットメイルのDVD鑑賞となり
秋の夜は更けていったのである。
翌日は快晴であったが残念ながら朝早くサイトを出た。
(親族の葬儀にでるためこの日は昼までに名古屋に行かなくてはならなかったのである。)
佐藤家パジェロで那須塩原まで送ってもらい8:51発の新幹線で東京に向かった。

2001年10月27日土曜日

チルドレンズ・ジム



手摺でタイタニックのまね?

まるで子供の体育館状態であった。
たつきを筆頭にひかる君、みなみちゃん、いたるくんの4人で母屋の2Fは占領されてしまったのである。
なんにもない広広とした板の間、階段から続くパイプの手摺、むきだしの梁、ボードの丸い穴など全てが
子供にとっては最高の遊び場になっている。
パイプは格好の遊具になっているし、梁にぶら下がりながらどこまで移動できるか競っている
丸穴からは必ずといっていいほどみんな顔を出す。
ふとんを敷いた板の間はマット運動場と化していた。 今回は金曜日夕方からタツキと二人で那須に向かった。
(授業参観のため有休をとる)
ユキは明日から愛知県に10日間の出張なので不参加である。
途中東北道が工事渋滞のため一般道におりサイトに着いたのは9時すぎとなった。
10時頃佐藤家も到着。眠そうなひかる君であったがタツキとあそび出すと元気を取り戻し
はしゃぎ始めた。佐藤家も完成してから来るのは初めてで
気に入ってくれたようである。その日は1時近くに寝た。
翌朝は恒例田舎道ウォーキングのあと贅沢な朝風呂を楽しんだ。
井戸水の問題は相変わらずで透明な水ではあるが飲用はできなかった。
朝からナポリタン風パスタで満腹となり、ゆったりとした時間を過ごす。
相変わらずたつきとひかる君は二人で仲良く遊んでいる。
デッキではハンモックが人気であった。
伐採せずに残しておいたカシワの木は以前からハンモックに利用していたものである。
ハンモックには距離がちょうどよいのである。
昼過ぎにハセニイたちが登場した。その後みなみちゃん、いたるくんが加わり4人になったちびっこ軍団は
母屋の2Fを占領してしまったのである。
夕方には工務店の方が登場し、打合せをしたやはり井戸水の鉄分等が予想以上に多いため
浄化機での浄化は不可能なようだ。大変困った問題になってしまった。
このままでは給排水管、水栓などにも悪影響を与えそうである
残された道は水道しかないのであろうか!?(かなり残念な結論になりそうである。)
佐藤家のバードハウスの打合せもしてその後みんなで夕食となる。
佐藤家+長谷川家+工務店+守屋家-ユキ=10人の大夕食会である。
メニューは陽子さん&メグちゃんのギョウサがメイン。とてもおいしかった。
10人でもテーブル3台、丸イスでいい感じで楽しむことができた。
土間のダイニングはなかなか快適である。
8時頃に長谷川家と工務店の方が帰りなんとなく静かになった部屋で
佐藤家と晩酌をしたが疲れていたせいかみんな9時頃には寝てしまった。
翌朝も田舎道ウォーキングをしたあと朝食と朝風呂を楽しむ。
天気予報では午前中は晴れの予定であったが空はどんよりとした暗い雲に覆われていてすっきりしていない。
昼前には雨も降り出してきたので早々に退散となった。
帰路はタツキはパジェロに乗ったので私は雨の中ソロドライブとなった。
川口ICでタツキをピックアップし、東陽町に2時すぎに着いた。