2002年1月19日土曜日

標高520m



那須サイト断面図

サイトはまるでこうもりのようだ。
那須の気候大きくは山と平野部に分けられる
標高600m以上が山の気候、400m以下が平野の気候と言われている。
このサイトが位置する場所は標高520m。
山でも平野でもないどっちつかずの地域なのである。
ちなみに黒磯の市内は標高300m、南が丘牧場付近は標高700mである。
年末年始に降った大雪は黒磯市内ではまったく姿を消していたが
サイト近くでは主要道路を除き雑木林や細街路ではまだ残っていた。
今回は久々に守屋ファミリー3人で那須にやってきた。
イレギュラーであるがタツキの学校がある土曜の午後にスタートした。
土曜の午後は思っていたより道が空いていて
途中、スーパー池上で買出しをしたが4時ごろにはサイトに到着した。
サイト前の道はまだ一面銀世界状態のため911ではアプローチが不可能であったので
前回同様第二駐車場に車をおいた。
夕日を眺めながらの入浴を堪能し、
久々に一家水入らずの夕食を楽しんだ。
ウイークエンドハウスとして最高の時間である。
翌朝はブランチを楽しんだあと昼に東京に向かった。

2002年1月5日土曜日

那須サイト第二駐車場



第二駐車場に向かう人々

たどり着けなかった。
まるで上越の雪深い山村のようだ
スノータイヤを装備したFF車であったが限界である。
あと120mはひざまで埋もれるほどの雪が車の進入を拒絶していた。
しかたなくその限界ポイントに車をおきサイトまで徒歩でのアプローチとなったのである。
アプローチが多少めんどくさい那須サイト第ニ駐車場とでもいうところである 今回はユキの妹である実香夫妻(実香+オセキハン)が参加である。
金曜夜、オセキハンがダイハツのFF車で迎えにきた
5人で8時半に東陽町をスタート10時半には那須塩原ICをおり
サイトに向かったがヘッドライトに照らし出された道路は凍結していた。
どうにかサイトの最終コーナーまできたが除雪車が脇に盛り上げた雪で
道路へ侵入できなかった
しかたなくサイトまでスコップをとりにいき
その雪の土手を掻き崩したがその先の道はとてもスノータイヤFF車では走行不可能であった。
しかたなくその場に車をとめサイトまで徒歩で各自荷物を運び込んだ。
とんだ夜中の雪中行軍であったが満天の星空が美しかった。
翌朝も天気はあまりよくなくときおり雪が舞い始めていた。
午後から天気が荒れそうなので午前中に買出しに出かける。
前回購入した雪かき用シャベルの補充と
さらに強力な雪かきダンプをGETした。
雪は吹雪きのような状況になり
買出しからの帰途は道も見えない状態であった。
昼は恒例になりつつ釜焼きピザとパスタ。
午後は雪かきがメインとなる。
雪見風呂などを楽しんだあと夕食は豚シャブ。
夜になり雪は峠を越したようだ。
降り積もった雪の中、サイトは真っ白な静けさに包まれていった。
翌朝は快晴。気持ちいいい日差しの中
朝食を楽しみ昼前にサイトを後にした。

2002年1月1日火曜日

那須サイトスキー場



サイト前でスキーをするタツキ

今シーズンは雪がすごい。那須は北関東で東京より雪は降るのであろうが
年末年始からこんなに雪が降るなんてちょっと異常である。
サイト前の道路にも雪が30cm程度積もっていたので
スキー場となってしまった。
今回は12月28日の夕方から佐藤家パジェロで那須にむかった。
途中那須塩原の駅でユキをピックアップしてサイトに到着したのは
8時ごろであった。前回降った雪が道路や屋根に残っていた。
翌日スキーにいくため朝早くからチューンアップをはじめた。
最近ショートスキーばかりだったが今回は久しぶりに長い板を持ってきた。
エッジのサビ落としなどをしているとスキーの雰囲気が盛り上がってくる。
しかしユキの板のビンディングが壊れ利用できなくなっているのに気づいた。
これでは滑れない。仁さんも腰痛を訴えていたためこの日はスキー中止。
これを機会にユキも板を買い換えたいとのことだったので
スキー板購入のためみんなで黒磯の町に繰り出すこととなった。
スポーツ店を探すのに多少手間取ったが黒磯駅近くに良い店があった。
最近のスキー板はカービングスキーが主流というかほとんどである。
私のようなクラッシックな長い板は見当たらない
短めで頭とお尻が幅広で真中がくびれている。
持つと思ったより重い。
店員さんもスキーの指導員という事でかなりくわしくいろいろな事を教えてくれた。
ユキはサロモンの板とビンディングを購入した。
お付き合いで店に入った佐藤ファミリーであったが
ビンディング調整機能付カービングスキーと最新のスキー用ソフトブーツに
目がランランと輝いてしまい
ユキに刺激されるように購入となった。
ユキのビンディングが壊れていたのがきっかけであるこの買い物イベントは
思わぬ大ビックイベントとなったのである。
食材を購入してサイトにもどり昼食はピザ、夜はお好み焼きとなった。
30日はおニューの板と靴を積み込んで朝早くからマウントジーンズに向かった。
8時ごろにスキー場に到着。前回より若干混んでいるようだ。
ヒカル君と守屋ファミリーはスキースクールにも参加した。
子供のころからちゃんと指導してもらえば変な癖がつかずに上達が早くなる。
たつきたちも姿勢が大分よくなった。
私も久しぶりに長い板ではじめは多少手間取ったが徐々に慣れてきた。
ユキの談ではカービングスキーはかなり楽にすべれるらしい。
あいにくゴンドラも一時運休になるぐらい天気が悪くなってしまい
3時前にスキーをやめサイトに向かった。
この日はみんなお疲れで早めに寝た。
翌朝、窓の外を見ると30cmほど雪が降り積もり
止めてあったパジェロは巨大な雪だるまと化していた。
大晦日であるがユキは仕事のため新幹線通勤の日である。
みんなで雪だるま化したパジェロの雪落としをして7時過ぎに
那須塩原の駅に向かった。想像を絶する大雪で回りはまさしく雪国となっていた。
8時の新幹線でユキは東京へ出勤した。
その後はサイトにもどりデッキの雪かきや前回作ったカマクラを巨大化させた。
佐藤ファミリーがゲーム用に持ってきていたTVのロッドアンテナにアンテナ端子をテープでくくりつけたら
NHKが映った。受信状態が悪いためカラーではなく白黒映像であったが十分耐えうる映像状態である。
昼は各自思い思いに過ごす。
ユキを夜7時半に那須塩原まで向かいにいき8時過ぎにサイトにもどる。
国民的大イベントショーであるNHK紅白歌合戦をみんなで懐かしい白黒映像で見て大晦日の夜はふけていった。
こどもの頃は大晦日というとかなり興奮状態でカウントダウンをして感動のもと新年を迎えていたが
最近はそういうことはなくなった。ちょっぴりさみしい気もするが
新しい年がさりげなくやってきた。
元旦。初日の出をサイトの2Fから拝む。
今年1年いい年でありますように。
晴天であった。サイトのそばの牧草地は一面の銀世界。
たつきとひかるくんはそこをキャンパスにして足跡で大きな文字も描いて遊んだ。
そしてサイトの前の道路も多少斜度があるためパジェロで雪を踏みかため細いゲレンデをつくった。
この即席ゲレンデも子供たちは大喜びであった。
夕方サイトはあとにして東京に向かい7時すぎに東陽町に着く。
今回は思いもよらぬ大雪のなか、改めてパジェロのたのもしさを思い知らせれた。

2001年12月22日土曜日

雪明りの土星観察

それは確かに輪にみえた。
わずかにぼやけた物体であったが淡い光の点の周りを囲むように
楕円のリンク状に輝いていた。
東の空。オリオン座の上に輝いている1等星を反射望遠鏡で覗く
倍率は125倍。生まれて初めてみた土星の輪である。
月も半月で観察には絶好のタイミングであった。真横からの太陽光により
クレーターのデコボコがハッキリ、クッキリと映し出された。

今回は金曜夜から佐藤ファミリー+守屋ファミリー総勢6人がパジェロに乗り込み
那須に向かった。サイトに着いたのは夜10時過ぎであったが
なんとあたりは今まで見た事もないほど大雪状態で倉庫の屋根に積もった雪は
軒を回り込むように巻き込んでいて芸術的な造型となっていた。
この大雪国状態で子供たちは大興奮状態たなりすぐ寝かせるつもりが
大分夜更かしをすることになった。
翌朝、あらためて周りをみると一面の銀世界。
朝食のあと黒磯の街に買出しに出かけ
雪かき用のプラスチック製の大きなスコップを購入した。
昼はひかる君お気に入りのピザ釜でやいたピザとユキのパスタ。
食後はデロンギのエスプレッソマシーンで煎れたカプチーノで締めくくった。
午前中はまだ雲が多く風もあったが午後から天気も回復してきた。
とつぜん仁さんがカマクラを作ろうと言い出した。
子供二人が入って火鉢で餅が焼けるぐらいの大きさのカマクラが目標だ。
デッキに降り積もった雪をメインに土禁デッキに雪を盛り上げ山のような形に
なるように表面をタタキ、最後に子供二人+火鉢スペースの穴を掘る。
男2人+子供2人では結構な重労働であったがどうにか完成した。
夜はきのこ汁をベースに和食を楽しむ。
昨夜が遅かったのとかまくら作りの疲れためになんと7時には全員が寝てしまった。
日曜はみんなでスキーにいく予定である。天気も上々で朝食をすませ8時半に
マウントジーンズに向かいスタートした。30分ちょっとでスキー場に到着。
思ったよりすいていた。
ひかる君は新しいスキーセットでの初挑戦となり
今までより長い板に多少手こづっていたようであったが
帰るころには大分慣れたようである。
たつきもひかる君の新しい板をちょっと借りて滑ったところ
気持ちよく滑れたので今度来るまでにスキーを購入することにした
思えば今の板は保育園時代にかったもので今のタツキの体格からすると
あきらかに小さすぎる。
昼はスキー場内のレストランで食事。テーブルはほぼ満席であったが
背後霊がでるほどは混んではなかった。
ランチのあと我々はもう一度山頂までゴンドラでのぼりスキーを楽しみ
午後1時過ぎにスキー場を後にした。
スーパー池上で買出しをしてイブイブは
チキンとケーキをメインに楽しんだ。そしてこの雪明りの中土星観察に成功したのである。
この日もスキーの疲れのためか7時過ぎには就寝。
那須サイトにくると早寝が習慣になる
翌日は朝風呂などを楽しみ昼前にサイトを出た。


カマクラではしゃぐタツキとヒカル君

2001年12月9日日曜日

スーパードライ浄水器



今回も前回同様、金曜日の夜にサイトに着いた。
前回と違うのは月がほぼ満月に近かったため辺りが結構明るかった事である。
月明かりがこれほど明るいのかと改めて感心してしまう。
青白い月の光で廻りの木立は照らされて影すら落としている。
翌朝は快晴。気温-1度であった。恒例の早朝ウォーキングをする時間であったが
この時期は日が昇るのが遅く、6時半でもなんとなく薄暗い感じである。
辺りはまだ霜が降りていて白っぽくとても寒いのでもう少し日が上ってからということで
7時半にウォーキングをスタートした。
今日はいつものウォーキングコースを逆に歩いてみた。
逆に歩くといつものウォーキングコースが非常に新鮮に感じる。
まったくあたらしい道をあるいているようだ。
ウォーキングから戻り、ピュアにおこした炭でより風味豊かになった
パンとソーセージ、タマゴというリッチな朝食となる。
この時間になると日もかなり昇り、気温もどんどん上昇して着こんでいれば屋外でも気持ちいい。
朝日をサンサンと浴びながら朝食をゆっくり楽しむ。もちろんビール付きで!
ラジオでJwaveを聞いているといつも利用している高速川口線下りでの事故渋滞を報じていた。
いままでの土曜朝スタートなら間違いなくこの渋滞にはまっていただろう。
朝食のあとホワイトガソリンを買うため西那須野にあるWild-1というアウトドアショップにいった。
冬はホームセンターではホワイトガソリンが売ってないのである。
たまにこういった値段は高めだが、品揃えがdime,be-palのような
アウトドア専門店にくると結構楽しい。
あたりまえだがホームセンターなどにはないグッズを扱っている。
今回はホワイトガソリンのほかにカセットボンベが利用できるランプと
マグライト&マグライト用のスタンドを購入した。
その後カインズホームに立ち寄り熱帯魚用のフィルターと竹炭を買い
隣のセルフガソリンスタンドに寄ってからビストロイラブでランチとなった。
タツキはお気に入りのハンバーグ、私とユキはムルギカレーだ。
ランチを堪能したあとスーパー池上で夕食などの買出しをしてサイトに戻った。
実はカインズホームで購入した熱帯魚グッズと竹炭は
サイトの小川の水を浄化するための材料なのである。
川の水を手洗いや食器洗いに利用しているが原水だと落ち葉の粉などのごみが多い。
そこで倉庫に眠っていた大きな蓋付きスチール缶(アサヒスーパードライのロゴ入り)
を浄水器にしてしまおうという企てである。
まず缶の底に小さな穴をあけ、一番底に熱帯魚用の細かいフィルターを敷き
その上に竹炭、その上にまた細かいフィルター、一番上に荒いフィルターを敷き出来上がりである。
このスーパードライロゴ入り簡易浄水器をポリタンクの口の上に置き、上から川の水を入れる。
濾過された水はポリタンクにたまっていった。
ここで勇気をだしてテイステイングをしてみる。
飲用水として利用するつもりはないが
どんな味がするのか好奇心が湧いてきたのだ。
う~んなかなかまろやかな味である。水道水の味とは明らかに違う。
サイトの水は飲水、コーヒー用のミネラルウォーター(購入)と
菊池酒店で汲んでくる水道水(料理用)と
このスーパードライ浄水器で作られた水(手洗い、食器洗い用)の3種類となった。
浄水器を製作したあとログサークルで焚き火をして焼きイモなどを楽しんだ。
夕方になってグリーングリーンでも行こうかを思っていたが
タツキがどうも元気がない。熱を測ってみたら38度以上あったので
グリーングリーンはあきらめ薬を飲ませて寝かした。
夜はキャビンでブイヤベースを堪能し、早めに寝た。
翌朝も逆コースのウォーキングをして朝食を楽しんだ。
タツキの熱がまだ下がらないので薬を飲ませて家路に付いた

2001年12月8日土曜日

那須合宿




散歩するたつき&ひかる

例年タツキは佐藤家のご好意により学校が休みになると葉山合宿をしている。
そこで今回はN@suHouseも完成したのでヒカル君を預かり
那須で合宿となった。
金曜夜にヒカル君を乗せたパジェロが東陽町に到着。
ヒカル君はそのまま東陽町に泊まり土曜早朝
4人で那須に向かった。
8時近くにサイトに到着。かなり冷え込んでいたがまだ周りに雪は見当たらなかった。
ヒカル君とタツキは冬の野原を駆け回る子犬のように遊びはじめた。
昼はユキのパスタとピザ釜で焼いたピザである。
この釜焼きピザにひかる君は大喜びであった。
(こんなおいしいピザは食べたことがないと言っていた。)
昼過ぎはひかる君とたつきを連れて
私が早朝田舎道ウォーキングをする全長約5kmの散歩を楽しんだ。
石ころを蹴りながら歩くだけでも子供にとってはかなり興奮する遊びらしい。
夜は釜で炊いた炊き込み御飯がメニューであった。
翌朝はわずかであったが雪が舞っていた。
初雪である。この舞う雪の中、恒例田舎道ウォーキングをする。
昼は火鉢で焼きおにぎりをつくる。
なんとものどかなゆったりとした休日を那須で過ごすことができた。
昼過ぎにサイトを出発し3時過ぎに東陽町に到着。
ひかる君の両親をすぐに登場して二日間の那須合宿は無事終了した。

2001年12月2日日曜日

土間と火鉢。



絵巻きに登場する火鉢

『枕草子』二十八段
「火をけの火、すびつなどに手のうらうちかへしうちかへし、
おしのべなどしてあぶりをるもの...」
日本は夏蒸し暑く、冬は雪が降るほど寒いと言うかなり温度変化の激しい国で
その、温度変化に対応するために出し入れ自由で持ち運び便利な火鉢が生まれた。
平安時代には土・木・金属の方形、長方形、円形の火鉢が使われたそうだ。 という事で那須サイトでも大昔の日本人が発明した究極のモバイルヒーター「火鉢」を導入した。
円形で黒無地の渋い火鉢である。
この火鉢と瓦土間がとてもいいコンビネーションで気に入った。
火鉢は暖房器具だけでなく調理器具としても非常に楽しいグッズである。
特に餅を焼くにはこれ以上のものはない。
火鉢のそばに腰をおろし暖をとりながら餅をちょこちょことひっくり返し
膨らんでいく様子を楽しむ。
日本人に生まれて良かったと実感できるひとときである。
今回はタツキが学校のある土曜午後1時にスタートした。
アクセスは思っていたより遥かに順調で3時にはスーパーいけがみに到着した。
夕食などの買出しを済ましサイトに向かった。
この時期の那須はひっそりしてしてすっかり葉を落としたサイトは明るくさわやかな印象だ
考えてみると母屋が完成してから家族3人で来たのは初めてであった。
夕食は炊き込み御飯。実は今回は火鉢以外にも和物を持ってきていた。
飯炊き用の釜である。ガスコンロに乗せて使用するタイプであるが
蓋が重く結構本格的な釜だ。
「始めチョロチョロ、なかパッパ、赤子なくとも蓋とるな。」
の教えどおり弱火で炊き、蓋がグズグズを動き出したら強火にして水気を取りそのあとは蒸らす
というごはん炊きの基本を再認識させてくれる一品である。
スイッチひとつで無難に炊きあげ保温する炊飯器とはまったくコンセプトが違う。
那須サイトの基本は非日常を楽しむことである。
便利であるというより楽しむ事が基本なのだ。
翌朝は恒例田舎道ウォーキングを楽しんだあと朝食。
この時期は葉がなく、太陽が低いので土間の奥まで日が射し込むので本当に気持ち良い。
夜のうちに冷え込んだ瓦土間は太陽のエネルギーをどんどん吸収しながら部屋をあたためてくれる。
昼前に昼食&夕食の買出しとガソリン補給のため黒磯まででかける。
昼はパスタ。ゆっくりと初冬の那須を楽しむ。夕食のあと8時ごろサイトを出た。
この時間は道を順調で10時前には東陽町に着いた。

火鉢で餅を焼くタツキ